優しさと優しい人②

 優しい人とは人の気持ちがわかる人である。いや、それだけでは優しい人とは言えないな。たとえ相手の気持ちを理解することができても、その気持ちを自分のもっている優しさで包むことができなければ優しい人とは言えない。当たり前のことか?優しい目をして、優しい笑顔で、優しい振る舞いで、人の心を和らげる人が優しい人だ。でも難しい。そういう人は実際にいるのか?だいたい優しい人は何故優しいのか?苦労をしているから?悲しい思いをたくさんしているから?だから同じような境遇にいる人を助けたくなるのか?実体験ではなく、いろいろな本を読む中で、この世界にある無数の苦しみ、悲しみを知ったから?苦労や悲しみではなく、自分が若い頃にいろいろな人に迷惑をかけたり、家族にまでも迷惑をかけたりしたことを後悔しているから? 人それぞれに考え方が違うかもしれない。本当に優しい人とはどんな人だ?本当に優しい人に巡り会ったことがあるか?私はない。「この人、本当に優しいわあ」と感じた人はいない。テレビでも、ラジオでも、YouTubeでも、いろいろな人が優しさについて語っているのを聴くが、「ああ、この人、優しいわあ」という人はいない。みんな当たり前のことしか言わないし、実感がこもっていない。本当に優しい人は、何も話さないのかもしれない。表には出て来ないのかもしれない。どこにいるの?今日は「守教」(帚木蓬生著:新潮文庫)を読み終えた。その話に涙した。辛く苦しく悲しい時代を生き抜いてきた先人たちの歴史の上に、我々は生きている。その先人たちの思いが自分たちの体に受け継がれているはずだ。自分たちの歴史を知り、先人たちに感謝する心を、現世に生きる人たちへの優しさに置き換えて、自分は優しい人になろうと思って、今日の日記を書いた。