優しさと五感

 食べ物の消費期限や賞味期限が1日でも切れると、すぐに廃棄、捨てる人たちが私の周りに多い。それがまるでゴミであるかのように、何のためらいもなく、捨てる。私はそれが許せない。行き過ぎた飽食の時代だからこその行為だ。私にはできない。確かに食中毒の問題があるかもしれない。高校時代、夏の暑い時期に、半日ほどテーブルの上に置いておいたマックのフィレオフィッシュバーガーを食べ、数時間後に吐き気がし、嘔吐してしまった経験のある私である。それは気をつけなければいけない。確かにその時、かなりの酸味を感じていた。レモン果汁がフィレオフィッシュにかかっていたかなあ?と思いながら食べたのだが、それは細菌が繁殖して、腐っていた味だったことは、後になって理解した。それからは、ある程度時間が経過したものについては、味覚を働かせて、食べられるかどうかの判断をしている。消費期限が多少切れていても、においをかいで、味見をして、経験上これなら大丈夫だと思えば食べるようにしている。しかし、そういった味覚や嗅覚といった、人間に備わっている五感を自ら放棄してしまっている人がなんと多いことか。食べ物を粗末にすることが許せない。私の両親は農家出身だ。子どもの頃、ごちそうさまを言う時に、茶碗に少しでもご飯粒が付いていると、「お百姓さんが一所懸命作ってくれたお米なんだから、最後の一粒までキレイに食べなさい!」と親から注意されたものだ。食べ物は粗末にしてはいけない。期限が少し切れたからと言って、良心の呵責もなく、罪悪感のひとかけらもなく、食べ物を捨てることが私には理解できない。「せっかく生れても、食べるものもなく、きれいな水もなく、いろいろな病気に対処する治療も施されず、5歳まで生きることのできない子どもたちが年間880万人いる。1日換算で、24,000人。」(4月24日の日記「優しさと「国際連合児童基金ユニセフUnicef )」参照」農家の人たち、生産者の人たちの苦労を思い、そしてまた、お腹がへっているのに、食べたくても、飲みたくても、何もない生活を強いられている貧しい国の子どもたちのことを思えば、食べ物を捨てるなんてことはできない。現代人は五感を失ってしまったのか?今回の新型コロナも結果的には普通の風邪と変わらないことは明白だ。現時点で感染者数は国内で16305人、死者数は749人。この死者数のうち40歳未満の人は2人か3人。通常のインフルエンザの感染者数が1シーズンに国内だけで、数百万人から一千数百万人、死者数が1万人(致死率0.1%換算)であることを考えると、その差は歴然としている。新型コロナの致死率がインフルエンザより10倍20倍高くてもだ。それに普通の風邪(原因ウイルス:アデノウイルスや従来の4種のコロナウイルス、ライノウイルスなど)による肺炎で亡くなった数が数字としてもし表せることができたら、ほとんど新型コロナと変わらないのではないか?症状自体も普通の風邪と変化がないわけだから。精度の不確かなPCR検査、その精度よりさらに精度の低い抗体検査、抗原検査から陰性、陽性を判断しても、そこからはじき出される陽性率などの数値にどこまでの信頼性があるのか?どう考えてもおかしいでしょ?行政側の自己満足の世界でしょ?五感を働かせて物事を考えた方がいい。自分の肉体に宿る感覚を失ってしまったのか?自然物である人間が、その野生を失ったら、実験動物の飼育室のかごの中で生きるマウスと同じだ。食べて寝るだけの肉の塊。私はそうなりたくない。五感を研ぎ澄ませて、自分の力で生きる野生を大切にしたいと思う。