優しさと論語と若者

 昨年私の会社に入社した青年がいる。今年31歳。私とは20歳以上も離れている。彼には理由があって2つの大学を卒業している。それぞれ文系と理系の学部だ。初めの学部が文科系。そういうことで現在社会人1年生。仕事を一所懸命に覚えている段階。本を読むことが好きで、私と話が合う。もっと若い頃は小説家を目指していたらしい。たぶん今でもその夢はすてていないだろう。仕事中は忙しいこともあり、お互いに個人的な話をする機会はほとんどない。それが今日、仕事の合間に少しだけ話をすることができた。最近になって私が論語などの儒学陽明学などの学問を真剣に始めようと思っていること、そのために四書五行を基礎として学ぼうとしていることを告げると、彼は満面に喜びをあらわにして「私、四書五行について知っています!本を紹介します!」と。彼が読書を好むということは知っていた。だが、四書五行の知識をもっているとは驚きだった。それも論語については、以前から早朝に素読をしているという。母親からは「変わっているねえ」と言われているらしい。30歳過ぎたばかりの若者が論語素読し、朱子学陽明学を学んでいる。すごい。ただ、その話についていける同年代の友達は全くいないとのこと。悲しいけれど、それが現実だ。50歳を過ぎた私でさえ、同年代の人間で陽明学などについて論じ合える人など皆無だ。若い頃から陽明学など「心の哲学」と言われる、ものの考え方を学ぶことはとても素晴らしいことだと思う。私も若いうちからそういった学問に接する機会があれば、もっと違う人生を歩んでいたかもしれない。人の心をもっと深く理解できる人間になっていたかもしれない。今回、その論語素読している彼の仕事上では見ることのできない一面を垣間見た気がした。ただ、朱子学陽明学などを学ぶ人間は現代において限りなく少ないと思う。ましてや30歳前後の若者など全くいないだろう。話し相手がいない彼が少しかわいそうに思えた。仕事をする日々の中で、また彼と話す機会があれば、これから学問について話をしてみたいと思う。彼のような若者を大切にしたい。